借金体験談

借金体験談まとめ

会社を解雇され消費者金融に頼って借金生活に・・・その後何とか借金返済【借金体験談】

私は30代の男性会社員で、神奈川県に住んでいます。

社会人になって十年ほど同じ会社で勤め続けていましたが、一時会社の不調により解雇されてしまっていてフリーターをやっていた時期があります。

そのときに消費者金融に頼ってなんとか生活をやりくりした体験談をお話します。

借金をしてしまったきっかけ

冒頭のように、会社が不景気で人員整理をすることになり若い私のような独身の社員が真っ先に対象になりました。

最初告げられた時はどうしたものかと目の前が真っ暗になりながら地方にある田舎の実家に帰りました。

失業給付を受けながら新しい勤め先探しをしましたがなかなか不景気のあおりで求人も思わしいものがなく、やむなくフリーターとして工場の夜勤などをして食いつないでいました。

実家があるので住むところに困るという状態ではありませんでしたが、それでも年老いた両親に負担はかけられず、急な入用の場合、そのときに消費者金融に頼り始めました。

借金のやり方について

フリーターだとなかなかお金を借りるのは難しいのではと思われる方も多いですが、意外にも私にお金を簡単に貸してもらえました。

現状はフリーターであること、求職活動の身であること、実家住まいであることといった条件が組み合わさってお金を貸せるという判断になったのでしょう。

主に最初は初回無利息のところを使って、アルバイト代が入ったらすぐに返すという繰り返しで利息が発生しないようにしていました。

しかし何社も利用していると断られるところが出てきたりして結局同じ会社を利用せざるを得なくなったこともありました。

借金の完済について

長年お金を借り続けていたので、限度額も大きくなり自分を抑えるのに必死になり始めたころ、ようやく地元の小さな企業に雇ってもらえることができました。

アルバイトでしていた工場の夜勤の作業経験が生かせる職場ということで非常に助かりました。

それからはまずは完済するまで一切無駄遣いせず、むしろフリーター時代より勤勉に働きました。

一時的なことなのかもしれませんが、フリーター時代よりも社員になってからが手取りが少なかったために、予定通り返済していくためにはより一層頑張って働いて認めてもらう必要があったためです。

就職時点で30万円ほど借り入れ残高がありましたが約二年ほどかけて完済することができました。

消費者金融などと付き合いはないほうがいいですが、それでも結婚式などで入用なこともあるでしょう。

自制心を持って利用することをおすすめします。

大学生の時に作ったクレジットカードが原因で借金が増え親に迷惑をかけた【借金体験談】

大学の入学とクレジットカードの出会い

私は20代の沖縄県在住の男性です。私の借金の体験は大学時代にさかのぼります。

大学に入り、まだ自分は多少のバイトと学業を両立していました。生活費は親からの仕送りで、友達との交友関係はバイトの給料でまかなっていました。

2年になり、住む場所もバイトも変えたときに初めてクレジットカードを作ることになります。

今まで使用したことのないクレジットカード。正直初めは使いどころもわからないし、使うことも無いと思っていました。とりあえずの流れで作ったようなものだったので。

ところが、友達と楽器の買い物に行ったときにその値段が高額だった為初めてクレジットカードを使うこととなります。

実際一気にお金を使うのが厳しかった当時、クレジットカードにはリボ払いや分割払いがあることを知りました。

どちらも利息はかかるものの、次回に支払いが回せるので大変便利なものと思えました。

増える交友関係とクレジットカードの利便性

次第にクレジットカードの利便性に魅了されていきます。

小さな買い物も小銭が出ないことや、後で一括で払うことができれば利息はかかりませんし、分割やリボにすれば早く返せば利息もそこまで高くないうちに返済することができる。

これがある意味借金との付き合いの始まりだったと思います。

徐々に服を買うことや日ごろのスーパー等の買い物にも使用していくようになっていきます。

気がつくと大学での友人も増えていき、交友関係や呑みの機会等が増えていき気がつくと親から送られてくる生活費等に手を出すようになっていきました。私的には充実した大学ライフを楽しんでいました。

増えた借金と返済の相談

楽しい大学生活を送れたのは大変いいことでした。でも気がつくと家賃分まで注ぎ込んでいて、家賃は12ヶ月も滞納していました。今考えると個人で契約していたとはいえ、とても気を長く待ってくれた大家さんだったと思います。

正直どのように家賃を返そうかと思っていましたが、欲望に勝てずに徐々に返してもまた家賃が溜まっていく生活が続いていました。

そのころにはクレジットカードの金額も溜まっていきどんどん借金が溜まってきて、頭を悩ましていました。

卒業も近づいてきたときに、大家から親に電話がいき支払いをしたという連絡が入り家賃は親への借金となりました。

その後、何とか就職した自分は親に借金を返済していき、クレジットカードの清算も終えました。

クレジットカードや借金はうまく付き合っていかないと破産に繋がると感じました。

主人の会社が閉鎖になりカードローンをして何とかしのぐことが出来た【借金体験談】

私は2年前に銀行系のカードローンを利用したことがあります。

借金なんか絶対にしないと思ってきたのですが、どうしても生活が苦しくて急死に一生を得た体験でした。

主人の会社が急に閉鎖になり

我が家は子供が出来るのが遅く、私達夫婦が40代後半でやっと幼稚園に入園しました。

私立の幼稚園というのは意外とお金がかかるものです。

頑張って稼ごうと思っていたところ、息子の足音がうるさいと階下の家から苦情が来て、引越しをする羽目になってしまいました。

引越しで費用がかかったと思ったのですが、やっと子供可の物件に落ち着いた矢先、主人の会社が経営不振で輪番休暇になってしまったのです。

主人も休暇を利用してハローワークに通っていましたが、給与は6割となってしまい、収入は激減しました。

そんな生活が3カ月続き、とうとう会社が閉鎖になってしまったのです。

銀行カードローンを利用

主人も無事に転職先を見つけることができました。

私も持っていたヘルパー2級の資格を生かしてパートを見つけたのですが、締め日の関係で今月二人で働くことができても、給料が入ってくるのは来月末でした。

今月の生活費と息子の幼稚園の費用をなんとかしなくてはならず、考えた末に、持っていた銀行カードで借入れをすることにしたのです。

初めての借入れでしたので不安で、実際にその銀行の店舗まで行き、恥ずかしながらATMの側にいたスタッフに聞きながら利用しました。

当時はまだネットバンクに口座を持っていませんでした。

コンビニのATMも利用したことがなかったので、母体である銀行ならば安心と思ったのです。

翌月まで節約の日々

借りたお金は10万円でした。

その一ヶ月は主人と息子に申し訳なかったのですが、食事はきのこともやしのおかずばかりでした。

しかし、お陰で幼稚園も無事に通うことができ、入園金や制服代含めて13万円も支払うことができました。

引越しと共に車も手放してしまったので、いつでもどこでも自転車か徒歩でしたが、お陰で足腰も丈夫になりました。

息子も2時間くらいなら平気で歩ける程になりました。

翌月、無事に主人の初任給と私のパート代が入り、返済に充てることができました。

返済月も生活はかなり苦しいものでしたが、2~3ヶ月で普通に生活ができるようになりました。

転職をする際には、働き始めた月にすぐお給料が入る訳ではないということを覚悟する必要があります。

また、ネットバンクに口座を持っていると便利だということが分かり、早速口座を開きました。

あれから2年、また何か会った時の為に、時折カードローンのサイトで最新の情報をチェックしています。

体調を崩し借金の返済が滞りあっという間に転落してしまいました。

30代 男性 大分県在住

カードローンやカードキャシングなど聞こえの良い言い回しで少し前は今ほど悪いイメージもなく利用者を随分獲得してました。

自分も気軽に利用して最初は10万円の枠で簡単に審査にも通り返すのも簡単に返せたので気安く考えてたほうでした。

そうなるとしばらくして電話がかかって来て枠を広げれると勧誘してくる。

必要ないけど広げていて迷惑な事はないし、何かあった時に便利かな?程度の認識で枠を広げて気づけば50万円まで可能になっていました。

以前はギャンブルが好きでかなり入れ込んでいて会社からも随分借金をしていた事がありました。

結局は面白く無くなったのもあって辞めて借金も返せていたので、あんな借金する事ももうないだろうし少々の金額なら返せるという思いもありました。

【気づいた時には遅すぎる】

運が悪いのか自分が不摂生だったのか病気に立て続けにかかったりもして生活費や月々のローンの返済なども少し苦しくなってきました。

仕事に出てないと会社にも居づらくなるもので結局辞めて収入が無くなるという悪循環が始まりました。

体調が落ち着いてからは派遣会社に登録して複数仕事をして返済するようになりました。

しかしこの時点で消費者金融は4社利用していて、あっちで借りてこっちに返すという多重債務者特有の状態に陥っていました。

【底が無いから底無し沼】

こちらで借りたものをあちらに返すというような事が始まると元金を払えないので、もうこの状況からは抜け出せません。

少しでも仕事が上手くいかないと金利すら払えなくなってきますし、期日までに払えないようだと居留守してしのぐようになってしまいました。

元々がサラ金のせいか恐ろしいもので以前から関係があった仕事上の知人などの連絡先を調べてきて自分の連絡先や居所を調べようとしてきます。

周りの知人などにも伝えられるし家に帰ればおどろおどろしいよな書類や手紙が来ています。

直接脅された訳でもないし、その辺はあちらも法律に引っかからないように考えて最大限負担をかんじさせる方法を選んできます。

ここまでくると正常な判断が効かなくなってきて雑誌に載ってるようなブラックリストの方でもOKなどと書かれてるところに連絡をするようになってしまいました。

たまたまと言うか仕事の休憩中に連絡をして審査待ちの間に仕事に戻っていたら何件も留守電が入っていて何か怖くなり引き返せました。

【もがけば沈むのが泥沼】

運良くというかグレーゾーン金利などが問題になり始め消費者金融への風当たりもう強くなってきて大分追い込みをかけられなくなってきました。

しかし全部が返せてる訳でもなく気づけば消費者金融が銀行の参加に入ったりして金融面でも自分の信用はゼロに等しいです。

自業自得でしょうが何故自分がここまで転げ落ちたのか悔やんでも悔やみきれません。

消費者金融は審査が通りやすいが金利が高いので銀行カードローンを利用した体験談

私は三十代の男性で神奈川県に居住しています。私が銀行カードローンでお金を借りた経験談についてお話します。

銀行カードローンを利用した理由

銀行カードローンと消費者金融のキャッシングローンが一般人がお金を借りる手段としてもっとも一般的なものだと思います。

もちろん親戚や友人に借りるという選択もあるのでしょうが、その後の人間関係に大きく問題を与えかねませんのでよほどのことがない限り私はやりたくありませんでした。

そのなかでも銀行カードローンは非常に審査が厳しい代わりに限度額も大きく、金利も低いので利用価値があると思いました。

消費者金融は審査がわりと甘い代わりに金利などが高くて利用しづらいなと感じていたのです。

銀行カードローンの申し込みについて

銀行カードローンの申し込み方法はほかの金融機関から借り入れするのと同じだと思います。

インターネット上から必要事項を入力していくと審査をしてくれます。審査結果をメールか電話で受けた後に、必要書類を送り届けると契約完了、そこからは直接私の口座に振り込んでもらうか、店舗などに出向く・もしくは郵送してもらうことでローンカードを作り、それでATMから借り入れをするというものでした。

私の場合、正社員だったので特に審査には何も問題がありませんでしたが、学生だったりフリーター、専業主婦が利用する場合は専用のローンが設けられているのでそちらを利用するとよいでしょう。

返済のつらさについて

審査や借り入れまでは非常にスムーズに行えましたが、問題は返済でした。私の場合は合計で結局50万円まで借り入れをしたのですが、それから返済はひたすら耐え忍んで普段の生活費を削って捻出するしかありませんでした。

それでも金利が比較的低めに設定されていたので楽だったのでしょう。上限金利だったらと考えると背筋が寒くなります。

毎回きっちり返済日を守って返したので問題なかったですが、怖いのは返済日に遅れたら督促があるのではということです。

もちろん督促自体は実家・会社などにもかかってくることがありますが、本人に危害を加えるようなものはさすがにないようです。

家族にばれたくないという人はなんとしてでも返済日は守りましょう。

どうしても守れないという場合は放置するのではなく銀行に連絡して返済日の後ろ倒しや金額の減免をお願いすると応じてくれる場合もあるようですので、そちらの利用を考えてみたほうがよいでしょう。

わずか10年間以内で完済できた住宅ローンの借り換え体験記

50代 男 宮城県

住宅ローンを組んで、夢の新築マイホームを購入したにもかかわらず、不満だらけ

少し前の体験記となることをお許しください。

バブル崩壊が真実味を帯びてきた頃、私は当時住宅都市整備公団で分譲している土地が売り出されたので、冗談交じりで申し込んでみたところ、なんと80倍もの難関を突破し、当選してしまいました。

まさか、当たる訳がないと思っていたので、心の準備を何一つしていなかったのですが、この強運を逃したら次はないと勝手に思い込み、急遽マイホームを建てることとしました。

当時の価格で4,500万円のマイホームは、土地も広いし、東南の角地で立地条件も良く、ただ一つ少し通り抜ける車が多いことを除けば、十分すぎるほど満足できる家でした。

しかし、それは甘い考えでした。マイホームの後ろの道路を通り抜ける車は、早朝から深夜まで猛スピードで走り去って行くのです。その騒音の凄まじさには、入居1日目で大ショックでした。

自分は取り返しのつかないことをしてしまったと悔やんでも悔やみきれませんでした。

その後2重サッシにしたりして、我慢してきましたが、一度しかない自分の人生をこのまま我慢して生きて行くだけでいいのだろうかという気持ちが、どんどん膨らんでいき、やがて抑えることができなくなっていきました。

そんなある日のことです。市内でもっともお屋敷町といわれる団地の隣りに造成する団地があり、見に行ったところ、いつの間にか迷い込んでしまい、そのお屋敷町に最後の分譲地が残っていることを発見し、その土地に一目ぼれしてしまいました。

都会の喧騒がまったく聴こえない奥まった閑静な住宅街で、驚きました。土地の価格だけでもと価格を見ると、4,200万円という高値で、とうてい手が出せないとあきらめようとしましたが、その場所がどうにも夢にまで出るほど恋焦がれてしまいました。

そして、家内に頭を下げ、人生で最後の1回のわがままを許してもらいました。

捜し求めた理想の土地を買うのに不動産ローンを組んだ

もちろん資金に余裕はないので、銀行では、不動産ローンを組むこととなりました。ようやくマイホームの完済が終わったばかりなのに、新たに3,000万円の借金となりました。

幸い我が家は、共働き世帯なので、それこそ爪に火を灯し、塩を舐め舐め、節約に次ぐ節約を繰り返し、なんとか3年で1,000万円を貯める頃ができたので、3年後に住宅を建築することとしました。

住み替えし、改めて住宅ローンを組んだら、とんでもない額になってしまった

夢がどんどん膨らんでしまい、最終的には延べ床面積が201平方メートルの家となってしまい、価格も4,500万円となってしまいました。

新たに3,500万円のローンでは、二重のローンになってしまうため、まず不動産ローンの3,000万円を別の銀行で借り入れて一括返済し、その銀行で、3,000万円と新たに借り入れする3,500万円を合わせて、6,500万円の住宅ローンを組むこととしました。

今考えてみても、ものすごい借金をしたものだなとぞっとします。

これだけ借り入れした理由としては、前に住んでいたマイホームを売却すれば、相当ローンを減らせると考えたからです。

しかし、前の家はなかなか売れず、結果的に売却するまで2年間を要しました。その間、動悸が激しくなり、循環器病院へも通院するところでした。

前の住宅を売却でき、なんとか住宅ローンを返済した

しかし、結果的には前の家を2,580万円で売却でき、住宅ローンが劇的に減ってからは、心も身体も落ち着き、わずか10年間以内で完済することができました。

もちろん、自動車も買い替えせず、旅行にも行かず、背広の新調も禁止など耐乏暮らしを続けてきたおかげだと思います。
もう二度とやれといわれてもできません。

お給料が下がってしまって初めてのカードローンをしてしまいました

30代、男、愛知県

会社の給料が下がってしまった…

会社には10年近く勤めていました。元々ベンチャー色の強いIT企業で10年という長い期間勤めていたこともあって、会社ではまずまずのポストに就くことが出来ました。

一時期は会社から支給される月給が100万円を越えることもあって、給料日には自腹で部下に食事をごちそうしたり、キャバクラで遊び回ったりするなどサラリーマンとしてはとても充実した生活を過ごしていました。

しかし、ITの業界も競合が増えてきて、業績は一気に下落していきました。顧客離れも進んできて会社としてもかなり厳しい状況になりました。

私の月給もみるみる下がってしまい、一時期100万円を越えていた月給も1/3ほどになってしまいました。

月給バブルが一気に崩壊

私の給料はまさにそれはバブルのように膨らんでは弾けました。

なかなか回復しない業績のお陰で私の月給は下がる一方だったので、必然的に生活は厳しくなってしまいました。

元々給料がたくさん入れば部下や会社のみんなに飲みに連れて行ったり、キャバクラ遊びに夢中になる等の豪遊生活をしていました。宵越しの金は持たない主義でしたので、貯金も全くありませんでした。

そしてわずかにあった貯金も底をついてしまったので、ついに生活もどん底となってしまいました。

父が急死…葬式費用の捻出の為に借金を決意

悪いことは重なります。私の父が膵臓がんで亡くなってしまったのです。

私の家は元々離婚しており、家族は離散。

父は生活保護を受けて生活をしていました。

その為、入院費用等は問題なかったのですが、葬式費用は長男である私が負担しなくては行けませんでした。

父は生活保護を受けている手前、生命保険にも入っていなかったので、全額私の方で負担しなければなりませんでした。

その為、葬式等は最小費用で抑えることになりました。

親戚からカンパを集めて集まったのが50万円ほど、残り20万円ほどあれば葬式や火葬、納骨が可能でした。

残りの20万円は私の数少ない生活費を削り、あとは消費者金融で借りることを決意しました。

カードローンは即日融資可能、低金利

私はテレビCMでもお馴染みの消費者金融にてカードローンを利用することにしました。カードローンなら審査も通過しやすく、低金利でお金を借りることができます。

私が申し込んだ消費者金融なら即日でお金を融資してもらうことが出来るので、非常に助かりました。

その日の内に手続きを済ませ、なんとか葬式の費用を支払うことが出来ました。

反省したこと

いくらお金を稼いだとしてもいつ何が起こるかわかりません。万が一の時に備えて貯金はすべきだと思いました。また、カードローンは低金利ですぐに借りられたから本当に助かりました。